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横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)1030号 判決 1972年8月07日

原告

甲田清子

右代理人

武下人志

被告

布村恵三外二名

被告代理人

中野公夫

主文

被告布村恵三は原告に対し、物件目録三の建物を収去して物件目録一の土地のうち物件目録三の建物の敷地(底地)部分を明渡せ。

原告の被告布村恵三に対するその余の請求および被告布村猛、同浜田貞子に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告布村恵三の、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実《略》

理由

(争いのない事実)

一本件土地が訴外浅井修証の所有であること、被告恵三が、昭和三五年一〇月七日、訴外浅井から本件土地を賃借したこと、本件土地上に存する本件二、三の建物が被告恵三の所有であることおよび被告猛、同貞子が本件二の建物に居住していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

(原告の土地賃借の成否と被告恵三の土地賃借解約の成否)

一  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  被告恵三は、昭和三五年一〇月七日 当時の職業であつた建築請負業の必要から、本件土地を鉄材置場として、訴外浅井修証から賃借した。その期間は昭和三七年一〇月六日までの約で、本件土地上には番小屋は設けてよいが、住宅用建築など他の目的に使用しない約定であつた。ところが、右契約期間が終了した頃、被告恵三が本件土地上に本件二の建物を建築し、これを被告恵三、原告および原告の孫小山初野が住居として使用するようになつたため、訴外浅井は、本件土地を住宅用として用いるのならば権利金を支払うことを被告恵三に求め、昭和三八年四月二〇日頃、訴外浅井と被告恵三との間に、本件土地を住宅用土地として改めて賃貸し、被告恵三はその権利金四五万円を支払う旨の約定が成立し、被告恵三は同日、権利金内金五万円を支払つた。

2  ところが、被告恵三が右権利金の残金四〇万円を支払わず、訴外浅井は屡々被告恵三に督促したものの支払を得られないため、訴外浅井およびその代理人妻芳江は、被告恵三に本件土地を貸すことはできないと云い出すようになつた。被告恵三と共に本件二の建物に同居し右交渉にも当つていた原告は困惑して、昭和三八年九月頃、右代理人芳江に対して、被告恵三ではなく原告が賃借人となつて権利金や賃料を支払うから原告に賃貸して貰いたい旨を申し出、右代理人芳江の同意を得、賃料を坪当り月額三〇円と改め、期間を定めず賃借することとし、その頃原告は被告恵三にも右のいきさつを話したところ、これを諒として異議はなかつた。その後、原告は自ら病院で稼働して得た収入から本件土地の賃料を自己の名で支払い、又権利金残金四〇万円も分割して支払をすませた。

右認定に反する被告布村恵三本人尋問の結果は前掲証拠に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二右事実によれば、被告恵三と訴外浅井修証との本件土地に関する昭和三五年一〇月七日の鉄材置場目的の賃貸借契約およびこれを改めた昭和三八年四月二〇日の住宅目的の賃貸借契約は、昭和三八年九月頃、訴外浅井の代理人妻芳江と被告恵三の代理人たる原告との間において、合意によつて解約されたものと認められる。そして、その頃同時に、訴外浅井の代理人妻芳江と原告との間に、本件土地について、原告を賃借人とする期間を定めない、住宅用目的のための賃貸借契約が成立したものと認められる。

(原告と被告恵三間の賃貸借の成否)

一被告らは、原告が本件土地を貸借すると同時に、原告と被告恵三との間に転貸借契約が成立し、被告恵三が原告に支払うべき本件土地賃料と、原告が被告恵三に支払うべき本件建物の家賃とを相殺する合意が成立したと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。原告と被告恵三間の本件建物をめぐる関係は、次のようなものと認められる。

(本件土地および本件建物に関する原告と被告恵三の関係)

一<証拠>によれば次の事実が認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

1  被告恵三はもと山口県下関市に居住して建築請負業を営み、妻および被告猛を含む子四人と共に生活しており、原告は同じく下関市の飲屋で働いていたが、昭和二六年頃知り合い、被告恵三は家族を捨てて原告と同棲して下関市を離れ、以来約一九年間、各地を転々しつつ夫婦として生活を共にし、現在にいたつたもので、原告は六一才、被告恵三は七三才である。

2  被告恵三が賃借していた本件土地を原告が賃借するようになつた経緯は、被告恵三が訴外浅井との約定に反して鉄材置場に住居を建築し、又、約定の権利金を支払わないなどのことがあつたため訴外浅井が不信を抱き、被告恵三には貸せないと原告に申し向けたが、原告は被告恵三と同居の夫婦関係にあるものであり、本件土地を明渡して他に住いを求めることもできず、又、原告は当時自ら稼働もして収入があつたので、訴外浅井の信頼をつなぎとめ、本件土地賃借を継続するために、被告恵三に代つて原告が賃借人となつた。

原告は病院などに家政婦として働き、被告恵三は昭和三八年当時建築請負を業としたが、間もなく病に倒れ、再起後昭和四〇年から四五年頃の間は学校寮に勤務し、その後は病身でもあつて就業していない。

3  本件三の建物は、昭和三八年頃、原告の姉中村ハツエが本件建物で原告らと同居するようになつて、被告恵三が建てたものであり、本件二、三の建物は通路を隔てて近接して建てられ、いずれも建設用パネル或いは板を壁となし、天井はなく、トタン葺で、支柱も堅固な柱ではなく、木材をつきはぎしてその用にあてたような所謂バラック構造であり、全面に雨漏りし、住居として永年の使用に耐えない建築物である。

本件建物について、原告が本件土地貸借人となつた頃、原告と被告恵三との間に明示の約定として、本件建物をそのうち毀して新家屋を建築するとの約定はないが、原告としてはかねがねこれを希望し、被告恵三も茶飲み話で話題となる際には、これに賛意を表し、協力的態度であつた。原告の予定では二階建住宅を建てて二階を貸間とし、階下に原告、被告恵三および中村ハツエ、小山初野が居住するものとして、建物建築については本件土地賃貸人も同意している。

4  昭和四四年九月頃被告恵三は病を得て入院などし、身辺看護に不安を感じて、当時名古屋市に住んでいた実子である被告猛およびその内縁の妻である被告貞子に援助を求めた結果、昭和四四年一〇月頃から同被告らが被告恵三と同居することになつた。被告猛らが同居するようになつてからは、本件二の建物に被告恵三、被告猛および被告貞子が住み、本件三の建物に原告、原告の孫小山初野、原告の姉中村ハツエが居住するようになり、家財道具も各々に引取り、別個の生活を営む状態となつた。原告は被告猛および被告貞子が本件建物に居住することは当初から不同意で、被告猛の性行が粗暴なこともあつて、以来原告と被告猛との間にいさかいを生じ、被告恵三は今では被告猛による今後の扶養を期待するにいたつている。

二右認定の事実によれば、原告と被告恵三とは昭和二六年頃同棲して夫婦と同様の生活を始めて以後、いわゆる内縁関係にあるものと認められる。そしてこの内縁関係は、被告恵三が戸籍上の妻と離婚していない意味で、重婚的内縁関係にあるものといえる。しかして、重婚的内縁は法律的な保護を受けること少ないものであるが、少なくとも内縁当事者間にあつては法律上の夫婦に準じて相互に協力扶助の義務を負い、又夫婦財産関係においてもその共同生活に資する財産、共同生活により形成した財産の帰属、収益、処分等について法律上の夫婦に準ずる法的取扱を受けるものと解せられる。

右の立場で本件土地および建物をめぐる原告と被告恵三の関係を考えると、本件の場合、本件土地賃借権が原告の、本件建物所有権が被告恵三のそれぞれ特有財産であることは疑ないところであるが、その利用関係を原告が本件土地を被告恵三に使用貸借しているというような、債権法的な法律関係とみるべきではなく、夫婦の協力扶助義務に基づいて、原告の対外的信用によつて賃借した本件土地上の本件建物で夫婦共同生活を維持するため、原告が被告恵三に本件土地上の本件建物所有を認容し、被告恵三も夫婦の協力扶助義務にもとづいて本件建物に原告を同居せしめている家族的な法律関係にあるものと考えることが、本件土地の利用関係の法的処理に適当するものと考える。

三しかして、法はこのような本件土地利用関係については、家族法的な夫婦間の調整に期待して、直接にこれを律する債権法的な処理を予想してはいないが、本件の場合、被告恵三の本件建物所有による本件土地使用が無償である意味において、債権法の使用賃借の規定の趣旨を参酌することができ、その借用物の返還について、当事者が返還の時期を定めていないときは、借主は契約に定めた目的に従い使用及び収益を終つた時に返還すべきものとされていることが参酌さるべきである。

この立場で考えるときには、本件土地および本件建物について次のような法律関係を生ずるものと考えられる。

即ち、本件建物はいわゆるバラックであり、その形状、設備、耐久性等から考えて、夫婦共同生活の本拠として、維持すべき住居というには、社会通念上不適切なものであり、その意味では夫婦共同生活の向上に従つて、早晩通常の住居にふさわしい家屋に改めらるべきものである。現に、原告と被告恵三およびこれと同居している原告の姉中村ハツエの間において、本件建物を取毀して二階建家屋を建築し、二階を貸間にして階下を住居にすることが近い将来の生活設計として話し合われており、本件土地賃貸人も原告の家屋建築に同意していることが認められる。

本件建物の状況が右のようなものであつて、本件建物を本件土地上に保有して本件土地を使用する目的は既に終つたと認められる現在にあつては、夫婦の一方たる原告がこれを取毀して通常の家屋を建築しようとする場合には、本件建物が被告恵三の特有財産であり、かつ収去に同意していない場合であつても、他に格別この収去を不当とすべき事情のないかぎり、被告恵三はこの建物を収去すべき義務を負うものと解することが、夫婦共同生活の生活基盤を向上させ、かつ、夫婦の協力扶助義務にもとづく本件土地の利用関係の家族法的な処理として適切であると考える。

とすれば、本件三の建物については、これを原告が住居に用いているもので、原告自ら収去を望んでいるのであるから、原告の被告恵三に対する本件三の建物を収去して本件土地を明渡すことを求める請求は理由がある。

四本件二の建物収去についても、基本的には右と同様に考えることができる。しかしこの場合には、この建物には被告恵三が居住していること、被告恵三は建物収去を拒んでおり、本件二の建物が収去されると被告恵三は住居とすべきところがなく、又、他に自ら住居を求める資力もないこと、原告は新家屋が建築されれば被告恵三を同居させたいと考えているが、被告恵三と原告との間が被告猛をめぐつて円満を欠くようになり、被告恵三はむしろ被告猛による今後の扶養に期待をかけるにいたつていることなどの事情を考慮する必要がある。右事情を考えると、現在のところ、被告恵三が本件二の建物を喪うことは直ちに自らの住居を喪うことを意味するものであつて、これは原告が被告恵三に対して負うている協力扶助の義務の履行に添わないものである。したがつて、原告が被告恵三に対して代替住居を用意するなど、被告恵三が本件二の建物を喪つても当面の住居を喪わないように、原告の協力扶助の義務を果す措置をとることなしに、本件二の建物の収去を被告恵三に求めることは、内縁関係にある原告の負う協力扶助の義務に反するものとして、収去請求を不当とすべき事情があるものと云わねばならない。

しかるときは、原告の被告恵三に対する本件二の建物を収去して本件土地を明渡すことを求める請求は、失当であるものとして棄却さるべきである。

(被告布村猛、同浜田貞子に対する請求)

一被告猛およびその内縁の妻貞子が本件二の建物に被告恵三と同居するようになつた経緯および被告恵三の今後の被告猛らに対する考えによれば、被告恵三が被告猛および被告貞子との同居を望んでいることは前認定のとおりである。とすれば、被告恵三の所有になる本件二の建物を被告猛らはその承諾のもとに占有しているものであるから、原告にとつてその同居が好ましくなく、それが原告と被告恵三の夫婦関係に障碍を来たすものであつても、家族関係の調整にまつほかなく、原告に被告猛および被告貞子を本件建物から立退かせる権利を生ずるに由ないものというほかない。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告布村恵三に対して本件三の建物を収去して、本件土地のうち右建物の敷地(底地)の明渡を求める部分について理由があるから認容し、被告布村恵三に対するその余の請求および被告布村猛、同浜田貞子に対する請求は理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。 (田中昌弘)

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